スポーツ現場におけるハラスメントとの決別宣言③

ハラスメント行為は人権侵害である

間違えてはならないのは、Jリーグが決別を誓うのは、あくまでこれらの「行為」であり「行為者」ではないことである。

私たちが守り抜く姿勢は変わらず「こうした行為を許容・容認しない」という決意であり、
「行為者を裁き葬ることではない」ということを、ここで改めて強調しておきたい。

以前から「日本のスポーツ現場は不条理だらけだ」と聞かされていたものの、
私は人生の多くを海外で生活してきたため、これまで日本のスポーツ現場における実態を正確には把握しきれていなかった。


2020年3月にJリーグ常勤理事に就任以降、2年足らずの間に100本近くのセミナー・研修・講演の登壇や取材対応を経験した。

こうした場で、日本と海外のスポーツ現場の違いを共有するたびに、
指導者による暴言・暴力に苦しんだという被害者アスリートたちから驚くほど沢山のメッセージが届くようになった。


「言われている以上に日本のスポーツ現場は酷い」
「監督と出くわさないように避けながら過ごしていた」
「毎日自殺することばかり考えていた」

これらの被害者の多くは、然るべき団体や窓口に救済を求めたわけでも、適切な支援を受けたわけでもなく、
いまもなお心の傷を負ったまま沈黙の闇で孤独に苦しみ続けているケースがほとんどである。

これまで、日本スポーツ界がハラスメントを助長してきた背景には、関係者による許容・容認があったのではないかと感じている。

ここでは、あえて俯瞰的に「暴言・暴力・虐待・ハラスメント」について考えたいので、
私の憤りや怒りといった感情への言及は避けるが、こうした告発メッセージを受信するたびに、

これほど熱く心が揺れ動く事案はなかったし、
Jリーグがいま何よりも最優先課題の一つとして取り組むべき案件は「人権問題」であると認識し、内部で議論を重ねてきた。


今後は、競技を垣根を越えたスポーツ界全体での協力体制が不可欠であるし、
ハラスメントを研究する専門家やハラスメント被害者などからも積極的に意見を伺い、問題の解決策を模索したい。

また、これまでハラスメントをしていたことを告白し、それを恥じ、後悔し、過ちに気付き、学んだ指導者も少なくない。

ひとはみな、永遠に不完全な生きものである。
何度もミスをし、過ちを犯す。


しかし、間違いから学ぶ学習能力を備えてもいる。

制裁は、過ちを犯したひとの意識変化や行動変容に、直接的な効果は生まない。

スポーツを通じ、だれひとり取り残されることのない社会を築いていくためには、
ミスから学ぶ環境を提供することも忘れてはならない。

学ぶとは、気付くこと。
気付きとは、新しい自分との出会いである。

自覚が生まれ、気付きを得た者ほど強いものはない。

だから、こうした元加害者からも積極的に知見を頂き、
Jリーグがリーダーシップを取ってスポーツ界における暴言・暴力行為を無くしていきたい。

つづく

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