親の「ヘルプ」が子どもをダメにする

親の「ヘルプ」が子どもをダメにする
ヘルプの中で育った子どもは、自分でするべきさまざまな体験を親に先取りされています。

このため、体験にもとづく学びが少なく、問題解決の経験が十分にないのです
この本を読んで、子どもに失敗させるのが親の仕事だと思うようになりました。

学校の持ち物も、確認するのをやめました。
〇〇持った?と声をかけるのもやめました。

すると、子どもは忘れるんです。
そして、学校で恥をかきます。

当時、小学校低学年の息子。
通知表の「忘れ物をしない」には、いつも「もう少し」が付けられていました。

でも、忘れて、困って、他のもので代用したり、友達に借りたり、忘れても何とかする術を学んでいったようです。
そうしているうちに、いつの間にか、もう何も言わなくても、忘れることもなくなりました。

うっかり忘れても、へっちゃら。
自分で対応することが出来ます。

子どもは自分で学ぶ力を持っているんだと気づかされます。
親は失敗しても、待つ。

親にとって、待てるというのは、なにより大切なのかもしれません。
もう1つ、心に残った言葉をご紹介させてください。

実は、親は叱っているのではなく、怒っているのです。
それは怒っている親の都合によるもので、子どものためではありません。

子どもが親の思いどおりにふるまわないので、感情的になってその怒りをぶつけているのです
子どもにこうあってほしい、という願いが通じないとき、腹が立ちます。

何回言ったらわかるんだろう?と、同じことを繰り返す子どもに腹が立ちます。
そこには、子どもに対する「べき」という考えがあるのではないでしょうか。

子どもは親の言うことを聞くべき、子どもは口ごたえすべきではない・・・。
その「~べき」があなたに腹を立てさせます。

でも、その「~べき」は本当に正しいでしょうか?理にかなっていますか?
確かに、私の「~べき」と子どもの「~べき」は違うのかもしれない。

私が「すぐすべき」と思っていることは、息子や娘は他に大切なことがあるから、
「あとですべき」と思っているのかもしれない。

例えば同じ教室でも、前の方に座っている子と、後ろに座っている子では、
見えるものが違うように、私の立っている場所と、子どもの立っている場所では見えるものが違うはず。

それなのに、子どもの見えているものに思いを馳せず、親の思いを押しつけてないか・・・。
私の「~べき」は理にかなっているのだろうか。

そして、著者の菅原裕子さんは、こんなふうに諭してくれます。
いつでも、心に留めておきたい言葉です。

理にかなっていると思うなら、怒らずに
子どもにその理(ことわり)を教えてください。
もし、理にかなっていないと思うなら、親の不機嫌を子どもに押しつけるのはやめましょう。

最近、忘れものをするメンバーが多いことが気になってます。

ほとんどが準備の仕方に問題があるようです。
失敗は学びのチャンスとして、接しています。

ハイわかったから、困らないように、ストレスがかからないように貸すから使って!?
なんてことには、しません。単なる意地悪ではなく、考える機会、成長の機会だと思うからです。

一人ひとりの成長のサポートとは、そういうことではないかと思って伝えている。

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