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<<   作成日時 : 2017/04/23 14:53   >>

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世界の本田技研、原点は異なる考え方の2人の出会い

"意見の違いがあること"こそが重要

名言・格言に学ぶビジネスのヒント

本田宗一郎氏(本田技研工業株式会社創業者)の言葉に学ぶ"異質と共存して前進する力"


世界の本田技研、原点は異なる考え方の2人の出会い

新年度がスタートしています。
組織変更や異動などがあり、新しい体制の中でビジネスを進めている人も多いのではないでしょうか。

もしかしたら、自分とは違った考えの持ち主との関係に悩み、試行錯誤しているかもしれません。
しかし、考え方が「異質」な人との出会いは、大きな成長の可能性を秘めています。

自分とは違った視点で物事を捉えることができ、思考が広がるからです。

異質な2人の出会いが後に大きな成功を呼んだ好事例が、
本田宗一郎(ほんだそういちろう)氏と藤沢武夫(ふじさわたけお)氏です。

この2人がタッグを組んで礎を作ったことによって、本田技研は日本が世界に誇る自動車メーカーとして成長してきました。

「技術の本田、経営の藤沢」といわれる2人が、お互いを補完し合って歩んだ道のりを振り返ってみましょう。

本田氏と藤沢氏がパートナーになった訳

本田技研の創業者、本田氏は藤沢氏という、自分とは考え方が異なる唯一無二のパートナーを得、共に本田技研を大きくしてきました。本田氏は異なる考えを持つ人との関係について、次のような言葉を残しています。

「違うからこそ組む価値がある」

出所:「本田宗一郎語録」(小学館)
1946年、本田氏は本田技研を設立し、翌1947年には自転車用補助エンジン「A型」を発売しました。A型は簡単に自転車に取り付けることができたため大いに人気を博し、以降、本田技研は本格的にオートバイの製造を始めることとなります。

本田氏は、「世界一のオートバイメーカーになりたい」という大きな夢を持っていました。

しかし、本田氏自身は優れた技術者ではあったものの、資金調達や会社経営に関しては自信がなかったため、
経営感覚に優れたパートナーを探していました。

こうした折、本田氏は、知人の紹介で藤沢氏と出会いました。

当時、藤沢氏は製材業を営んでいましたが、以前から「モノづくりに長けたパートナーと組み、
自身は資金調達や販売に専念し、一緒に大きな夢を実現したい」と考えていました。

こうして、本田氏と藤沢氏は、「お互いのやることに口出しをしない」という条件でパートナーとして組むことになりました。以来、本田技研における「技術の本田、経営の藤沢」という分業体制がスタートすることとなります。

当時、日本製品は国際競争力がなく、海外市場では相手にされていませんでした。
これに対し、本田氏は「技術を高めて高品質の製品を開発すれば、海外での需要も拡大するに違いない」と考えました。

この本田氏の考えに藤沢氏は賛同し、なんとか資金を用立てて、
本田氏が必要とする工作機械を購入できるように本田氏のモノづくりをサポートしました。

このように、本田氏と藤沢氏という両輪が互いにしっかりと手を結んだことによって本田技研の技術は飛躍的に高まり、後に世界的な自動車メーカーにまで成長することとなったのです。

"意見の違いがあること"こそが重要

藤沢氏は常に裏方に徹し、「モノづくり」に関しては一切口出ししませんでした。
しかし、だからといって藤沢氏が本田氏に無条件に従ったわけではありません。

本田氏の考えが間違っていると思ったら、遠慮なくそれを指摘しました。
そのため、時には2人で激しく議論を交わすこともありました。

こうして互いの主張や意見が違いぶつかることについて、
本田氏は、「意見の違いがあることこそが重要」という考えを持っていました。

本田氏にとっては、意見が違う人は敬遠するどころか大事にすべき存在であり、
自分と異なる考え方を持つ人だからこそ、互いに補完し合えると思っていたのではないでしょうか。

技術者でない藤沢氏は、経営に関する観点から本田氏に意見を述べました。
そして本田氏は、こうした意見を尊重し、受け入れるべきことは受け入れたのです。

人の考え方はそれぞれ異なります。異なる考えを持つ人の意見は、自分の耳に痛いこともあるため敬遠してしまいがちですが、自分と違うからこそ、気付きを与えてくれるのです。

本田氏と藤沢氏は、異なる考え方を持ちつつも互いを尊重し、
「会社を大きくする」という大きな目標に向かって一緒に進みました。

人には誰でも長所と短所があります。

自分と異なる人と組み、自分と異なる考え方を受け入れる許容力こそが、
長所を大きく伸ばし、そして短所を補うのです。

参考文献
(*)「本田宗一郎語録」(本田宗一郎研究会(編)小学館、1998年8月)
「経営に終わりはない」(藤沢武夫、文藝春秋、1998年7月)
「ホンダ神話 教祖のなき後で」(佐藤正明、文藝春秋、1995年4月)

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報をもとにしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

上記内容は、本文中に特別なことわりがない限り、2017年3月29日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

photo:PIXTA
執筆者:日本情報マート


以上 


なるほど、参考になります。

昔、関西ジュニアユースのクラブチームの指導者(ドイツ留学)とある中学校の監督がコラボされた。
N氏(TFC)とN氏(H中学校)である。

クラブチームの指導者でドイツ帰りで、チームも実力があり結果も出ていた。
だが、ある中学校との対戦で、試合には勝つのだが勝った気がしないという不思議な現象が…

育成における、「個の部分」の育成に…???

その後、その中学校のN監督が、クラブで総監督として、指導されることとなった。

そのN総監督さんとは、1993(平成5)年8月1〜3日に東京都町田市で開催された第20回町田招待ジュニアユースフェスティバルで初めてお会いした。

その後…
まさか、中学校の指導者とクラブの指導者が一緒に奈良県で… 驚きでもあったのだが…

その後、やはり、U-15年代大会のファイナルまで… 懐かしい話だ。

N総監督からの 「渡邊 我慢できてるか〜」
これからのクラブを考えた時、まだまだ、たくさんの出逢い(違う考え方)も大切にしたいものだ…

我慢=教えないということ=自学自習の習慣作り

大人のレールに子どもをのせて結果を得たら=真のコーチングではないということ。

その年代だけの結果をみるのは、その年代の指導者。
その後のリレーがスムーズにいく環境もあっても良いのでは?

その環境を世界的に証明したのは? 世界どのクラブ?

Enjoyサッカーの旅は続く なべ

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