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zoom RSS クラマーさんがサッカー界に残した教え いつの時代も変わらない大切なもの

<<   作成日時 : 2015/09/21 19:43   >>

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クラマーさんがサッカー界に残した教え
いつの時代も変わらない大切なもの


ドイツでもかけがえのない存在

「伝説の指導者デットマール・クラマーが亡くなった」

『ヴェルト』紙はそう見出しをつけてクラマーさんとの永遠の別離を報じた。1968年のメキシコ五輪で3位という成績を残した日本サッカーを強化し、その発展の礎を築いたわれわれの恩人は、母国ドイツでもかけがえのない存在だった。クラマーさんのおかげで大成した選手も少なくない。皇帝フランツ・ベッケンバウアーもその一人だ。『ビルト』紙に寄稿したコラムで「ドイツサッカー界はデットマール・クラマーという天才を失った」と最大限の敬意を払い、別れを悲しんでいた。

 ベッケンバウアーとクラマーさんの出会いはユース代表時代。才能の高さは誰もが認めるものの、モラル・素行に難があったベッケンバウアーは代表選手にふさわしいのか。当時、DFB(ドイツサッカー連盟)では常に議論の的だった。最終的にDFBは代表合宿中にユース代表監督を務めていた人格者のクラマーさんと同室になることを条件に承認したという。66年ワールドカップ(W杯)イングランド大会では代表監督ヘルムート・シェーンのアシスタントコーチとして準優勝に貢献。「非常に多くの点で正しい戦術を見いだしてくれた。われわれはクラマーに感謝しなければならない」とベッケンバウアーも述懐していた。

 指導者としてもっとも成功したのはバイエルン・ミュンヘンの監督として、ベッケンバウアー、ゲルト・ミュラー、ゼップ・マイヤー、ウリ・ヘーネスといったスター選手の力を見事に束ね挙げ、チャンピオンズリーグの前身であるヨーロッパチャンピオンズカップ2連覇を達成した時だろうか(75、76年)。

 しかし、クラマーさんの偉業は簡単にまとめることができないほど多岐にわたり、掘り下げきれないほど奥深い。DFB会長ヴォルフガング・ニールスバッハは「世界的に認知されたドイツサッカーの伝道師だった。彼の持っていた才能ゆえ、そして人生を享楽し、愛に満ち溢れた人間性から、どこに行っても評価されていた」とコメントを寄せていた。DFB、そしてFIFA(国際サッカー連盟)の指導者として、90か国以上でサッカーの育成者として活動。2011年にはDFBからその仕事ぶりをたたえられ、最初の名誉指導者として表彰された。


負けることの大切さを説く

日本にもクラマーさんへの特別な思い入れと思い出があり、さまざまな影響を得てきた人が数え切れないほどたくさんいることだろう。本来ライターとしても、指導者としても、まだまだ若輩者の自分がこうした場で自分の思いをつづるのもおこがましい話なのかもしれない。それでもこの依頼を受けたのは、僕にとってクラマーさんが本当にかけがえのない存在だからだ。クラマーさん以上に影響を受けた指導者が他にいないからだ。幸運にも2度もクラマーさんにロングインタビューをさせていただき、指導者としてのあり方、そして人生との向き合い方について、深い感銘を受けた。デットマール・クラマーという偉大な指導者にあこがれた一介の指導者の回顧録として読んでいただければ幸いです。

 時代がどんなに変わっても、世界がどんなにグローバル化しても、なくしてはならない大切なものがある。そのことをクラマーさんはいつも教えてくれた。例えば負けることの大切さを説いていた。勝つことは大事だが、負けから学ぶことは非常に多い、と。しかしそのためには、負けから何を学ばなければならないのかを知る必要がある。試合を分析し、できなかったこと、苦手なところを取り出して繰り返し練習する。日本人の練習風景について「フローチャートのようにスケジュール通りの練習」と指摘していたクラマーさんは、できていない練習は必要ならばできるまで徹底的にやり込まなければならないと力を込めて話していた。

指導者に求められるのは「好奇心」

「技術はオートマティズムされなければならない」と何度も言われた。最初は相手DFがいない状態で身につけ、徐々にスピードをを上げていく。最終的には相手選手のプレッシャーがある中でも有効に発揮される技術こそが必要とされるもの。「インテンシティー」「球際の激しさ」が大切ということは、クラマーさんがずっと指摘してきた点だった。そしてそのために必要な練習とは試合の状況下での練習なのだが、ただの練習との違いが分からない指導者が多いと嘆いていた。試合の状況を備えた練習とは、試合のときと同様に激しくボールを奪いに来る相手DFがいる中で行われる練習。そうした状況でゴールを狙うまでのプロセス、シュートを放つタイミング、ゴールを奪う技術を磨いていかなければならない。スピードのある状態だと良いプレーができないからスピードを落とさせるべきだという人もいるが、スピードを緩めてはチャンスは作れないのだ。

 技術の使い方についてもそうだ。ある日、ベッケンバウアーとともにあるバイエルンの試合を観戦しながら、「ボールをいくら支配していてもサイド攻撃ばかりでは怖くはない。中央にずれが出た時にワンツーパスで抜ければそこにはゴールがあるんだ。サイド攻撃が何のためにあるのかを忘れてはいけない」ということを二人で話していたという。いつ、どこで、どのようなプレーをするために、どんな技術が必要なのか。そこへの詳細なアプローチがなければ、選手は戦い方を身につけることはできない。

 指導者に求められるものとしては「好奇心」というキーワードを挙げていた。「アインシュタインはこう言っていた。『私は何も特別な才能など授かってはいない。ただ一つ何か人より優れているものがあるとすれば、それは好奇心だ。私は自分の好奇心を抑えることができない』と。選手もそうあるべきなのだ。常に好奇心を持って自身を向上させることに取り組まなければならない。となれば、指導者は選手に好奇心を持たせるようにしなければならない。ミーティングで寝ている選手がいる。ボーっとしている選手がいる。それは彼らに好奇心がないからだ。好奇心があれば居眠りすることなどありえない」と言い切っていた。「選手が話を聞かない」とぼやく前に、この人の話を聞きたいと思えるだけのものをあなたは提供できているだろうか。


自分を律し、選手をリスペクト

クラマーさんのミーティングは細部にわたるまで徹底して行われていたという。バイエルン監督時代のミーティングは、ベッケンバウアーが「おそらくクラブ史上最も長いもの」というほどのものだったそうだ。「指導者は選手に嫌がられても必要とされることを植え付けなければならない」というクラマーさんだが、それでも選手の心をつかむことができたのは、誰もがうなる知識量と質、そして選手への深いリスペクトがあるからこそ。

「指導者は選手にとっての理想像でなければならない。ドイツにも腹の出たプロコーチがたくさんいるが全くもってふざけている。お腹をユサユサさせていすに腰を下ろしながら笛を吹き、自分は何もしない。そんな指導者の言うことをどうして選手がリスペクトを持って聞くことができるか。自分を律し、自分の体を鍛えることもできない指導者にどうしてプロを指導することができるか」

 クラマーさんほど自分を律していた指導者をほかに知らない。「何歳になっても身体は鍛えておけ。私は今でもスキーをしたり、パラグライダーで体を動かしているよ」と言って笑っていた。83歳の時の言葉。そこには確固たる信念が生き続けていた。指導者とは自己権威をひけらかすものではない。指導者という地位を武器に選手を押さえつけるものではない。これはサッカーだけではなく、日常のあらゆる場面に当てはまることではないだろうか。

 どれだけ戦術が進歩しても、テクノロジーが発展し、データ分析が進んだとしても、それと向き合うのはあくまでも人間なのだ。人としてのあり方を度外視しては、サッカーと向き合うこともできない。一つ一つの言葉がこれからの世代にも伝わっていくように、今はまだ肩ひじ張ったままでしかできなくとも、クラマーさんの教えを自分なりに体現してやっていきたい。きっとそれが僕らにできる恩返しになるはずだから。


以上

シェアさせていただきます。

サッカー、それは本当に素晴らしい競技だ。
なぜなら、子供を大人に、大人を紳士に育て上げる競技だから。

サッカーはトイレのサンダルと同じ。
用を済ませた後、サンダルを揃えておかないと、次に使用する人はどうなる?

サッカーは思いやりだよ。
パスを受ける人の立場になって、受けやすいボールを出すことから始まる。


物を見るのは精神であり、物を聞くのは精神である。
眼そのものは盲目であり、耳それ自体は聞こえない。

─「サッカーは技術、戦術が重要視されているが、
私は基本的に感情が大きく左右するものだと考えている。

すべてを司るのは頭(脳)であり、目を見えるように、耳を聞こえるように、
そして筋肉を動かしている。

脳そのものが自分を元気にも病気にもする」とクラマー氏は語っている
いい結果を得ようとすれば、いい準備が必要。

グラウンドはサッカーだけをやるところではない。
人間としての修練の場である。

重要なのは負けたとしても全力を出すること。
もう1回やらせてくれれば勝てる、などと選手たちに思わせてはいけない。


サッカーが人生で、サッカーで生きていた。
まるで、はやりの病気のように私に、その熱狂をうつしたよ。

サッカーには人生のすべてがある。
特に「男」にとって必要なすべてが。

サッカーというのはすべてシンプルなもので、難解にすることはない。
その人物の才能を見抜くには、チームでプレーさせれば一目瞭然だ。

サッカーは人生の鏡である。
そこには人生のあらゆるものが映る。

サッカーに上達の近道はない。
不断の努力だけである。

勝った時に友人は集まる。
しかし本当に友人を必要とするのは負けた時である。

ボールコントロールは、次の部屋に入る鍵だ。
この鍵さえあれば、サッカーというゲームは、何でもできる。

君のようなやり方は前例がない。
しかし、このまま続けなさい。

─積極的に攻撃に絡むベッケンバウアーに対して
日本の選手はボールを受け、トラップをして、前を向いてシュートするのに、イチ、ニ、サンという調子だ。

ドイツの選手は、イチ、ニでやる。
しかしブラジルの選手はすべてをイチでやってしまう。

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