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zoom RSS 合宿や遠征を間違った捉え方をしている指導者とは

<<   作成日時 : 2015/09/01 22:15   >>

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前回の記事から…

セルジオが問う「追い込まれた環境とは??」
若干? 疑問が残る点があるのですが…

厳しい環境=トラの穴的な???
そうではないということ。

勘違いをしてはいけないことなのですが…
厳しさの意味なんです。

私は、この部分の誤差があるということ。

その意味を理解しなければ…
外的(威圧的)コントーロールと同様なのです。

それは、選手の自立には遠回りということなんです。

よくある光景です。

練習開始時に… 選手に集合してトレーニング開始しようかと(指導者目線で…)!

その時
@笑顔で声かけ A恐い顔 Bホイッスルや口笛を使う 
C黙ってグランド中央にコーチが、立って待つ=(感じ切れるチャンスを与える)
D「早く練習したいよ」と寄ってきたメンバーへ「問いかける」
  「リーダーとして? どうしたら良いと思う??」
 周囲のメンバーへは
 「リーダーが困っているよ」
 「どう感じる?」 

あくまで、主体(主役)はメンバーということ。

さて、本当の厳しさとは?
我々のクラブでは…

だから、合宿や遠征の意味が…
選手の主体性が大切ということ。

時間がかかりますが…
「やらされているということでないということ」

Facebookつながりから…

以下↓

合宿や遠征を間違った捉え方をしている指導者とは

この夏、たくさんの子どもが合宿や遠征に参加したと思います。
夏の「強化合宿」や「強化遠征」などと銘打って連日炎天下での練習や試合が繰り返されたことでしょう。

この合宿や遠征は一体何のために存在しているのでしょうか?
「毎年のことだから」「夏は合宿でしょ」「体力強化」」「メンタル強化」

私はこの解答に疑問しかありません。

疑問を抱く要因はいくつかありますが、

ひとつハッキリとしているのは、ここにサッカーの観点からみた言葉がひとつもないことです。
全て、サッカーとは離れたところで作られた理由でしかないということをご理解いただきたいと思います。

体力やメンタルはサッカー用語ではありませんし、
ましてや「毎年」「夏」などは理由にはなりません。

指導者はなぜ子どもたちを厳しい環境にわざわざおくのでしょうか。
そして、それは何のためなのでしょうか。

その理由を子どもたちに明確にできないだけではなく、
その理由があまりにも主観的であり、毎年の恒例行事となっていることに憤りすら感じます。

私は、この夏2度の合宿と1度の遠征をしています。

全てに共通していることは、

「コミュニケーションレベルの構築」です。


特に、この夏最後の合宿では、100人の選手と7日間みっちり共に過ごしました。

麻布のプレーモデルへの理解から、分析方法とそのポイント、そして、実際に分析をするという実践からそのプレゼンテーションまで頭とことばを使った3部トレーニングを午前、午後、夜と行いました。

その内容は改めて合宿レポートとしてまとめたいと思います。

指導者として、がっつり練習させたい気持ちはわかりますが、

質と量の原理原則で言えば、
練習量が全てではないことがわかると思います。

質を上げれば量は自然と落ちます。

量を増やせば質は自然と落ちます。

日本のスポーツ指導者に多くみられることは、
ダラダラと長い練習を強いてしまうという点です。

ここで勘違いして欲しくないのは、

「短い時間で緩く」練習をするということではありません。

ダラダラと長い会議をして、気がつけばこの会議の目的は「会議をすることだ」となることを防ぎたいのです。

サッカーはゲームスポーツです。
練習はそのゲームで最高のパフォーマンスを出すための事前準備です。

練習の100点を求める余り、
そこにチカラを入れすぎてしまい、ピークの持っていき方を誤っているのです。

稽古で疲れて本番の舞台でパフォーマンスを発揮できない、
寝ずに勉強をして、テストの日に意識が朦朧となる。

「やればできる」などという言葉はまやかしでしかありません。


「オーバートレーニング症候群」がいい例です。

日本人は何故これを努力だと思うのですかね?
何故、ここまでの状態に追い込んだ指導者を咎めないのでしょうか?

合宿や遠征に行ったから強くなるわけではありません。
たくさん練習したから強くなるわけでもありません。

目的に対して、目標を定め、そこに課題を与える。
そして、迷ったときのためにその都度「テーマ」という枠組みを用意してあげる


その中で初めて、選手の自主性を問う。
ボトムアップ理論はただの「指導放棄」です。

********************************************************************

以下 なべ's主観です

※自主性(主体性)を促すために… 指導者自身が選手を信じて任せる手法なのでは?
決して、指導を放任(放棄)している訳ではなく… いつも、ボトムアップでもなく…
ある場面では、TOPダウンの手法の時もあるということ…

バランスを見極める力が、指導者に求められるし… 毎年、同じバランスではないということ。
そこが、答えが無いし、指導者自身も感じる力・伝える力が試されるのです。

だからこそ、楽しいし… 

ある方から… なぜ、佐々木監督(女子世界一になった監)が続投せざるを得ないのか? 
業績は、認めるが… ある面、その後の進化を彼になぜ求めるのか??? 共感です!
以上


ある指導者としての意識レベルの問題の例です。

H高校を3冠に導いた寺西コーチ(元JFLの新日鉄監督)が、T地区のM高校のサッカー部を指導された。

その時に、同じようなトレーニングを導入した際に、寺西さんは、「この練習でのポイントは…」

選手が出来ない様子に…
寺西さんの「練習は、間違っている」とのコメントをM高校のコーチが… 
寺西さんへコメントを…


そのコメントに…
寺西さんは…


「練習メニューが選手に適応するかどうかの問題を私が言っているのではない!」

「何を伝えようとして… この練習をしようとしているか」を… 
サポートするのがアシスタントコーチの役割である。

上手くいかない理由を、ヘッドコーチのせいにするのではなく…
どうすれば… 練習の意味が伝わるのかを… サポートするのが大切なのに…
(ある面、通訳的な役割でもある)

※グリッドの広さやDFの数・フリーマンを作る作業やノルマを変える作業を…
 コーチが感じて、臨機応変に変える作業が大切ということ。

日本サッカーの対応力の低さは…
実は… 指導者である大人や保護者の責任もあるのでは?

私は、自分から、それを感じて「環境を変えれる(提案できる)ヒト(選手を)常に育てたい」と
いつも、心から思っています。Enjoyサッカー なべ

レギュラーかそうでないかも大切ですが…(現実的な、その時点の評価では?)
ヒトとして… 人生においても… 感じて(環境)変えることができるように…

いろんな意味で… 変化に対応できることと社会への貢献できる人材育成を…

上下関係のデメリットを主張するのもOKかも…

ただ、上下関係のメリットをリスペクトできなかったことのリスクは…
否定した方が、責任を負わなければならない事実を…

受け入れなくてはならないのが… 平等な社会ということに…
そのことに… 気付きながら… 全体を考える必要があるのか?

それとも… 縛られない「?」 に特化したり…
多様化への対応も… 必然のような…

広く言えば…
スポーツをいろんな意味で… 文化として地域に定着させることが…

Happyな人生のサポートを…
クラブが…でなく  クラブに所属するメンバー自身の力で…

勝利至上主義からの脱却
「人間は先、得点はあと」 あいだみつお

Enjoy LIFE なべ

********************************************************************

「強要練習」の反対側がこの「ボトムアップ理論」です。
日本人は真逆にいくことが、イノベーションだと思っている節があります。


「サッカー」という「スポーツ」をしっかり捉え、
「選手」という「人」をちゃんと理解し、

「チーム」という「組織」を構築する。
これが手段が目的化しないための「手段」だということを理解してください。


合宿や遠征は本来必要なのかどうか。

必要ならばそれは何のためなのか。

子どもの「教わりたい」「学びたい」意欲をかきたててこそ、本当の指導者だ
と思います。

指導者の「自己満足」が一人歩きしている時、

子どもは悩み苦しんでいます。



以上

ご参考までに…

いろんな視点から…

山の登り方は、様々ですが…


指導者が陥る「大きな勘違い」が子どもを苦しめている

「あいつは俺が育てた」
「こいつは俺が伸ばした」

などと子どもの成長を自分の指導力のお陰と豪語する指導者がいます。
豪語するのは自由です。

(我々のクラブ出身者ですということ)


でも、気がついて欲しいことがあります。


子どもの成長には2通りあります。

ひとつは、「親や指導者」のサポート
もうひとつは、その子ども自身の「成長期」


多くの指導者が陥る勘違いが、
子どもの成長が、その子の「成長期」だからこそにも関わらず、

自分の指導方法が成し得た「成功例」だと思って、
他の子にも当てはめようとしてしまうことです。


成長期の子どもは、実はどこにいても伸びるのです。
もちろん、指導者として暴力や暴言がある場合は話になりません。

これは自然の摂理です。
木や葉は自然の摂理の中ぐんぐん成長します。

それと同じだけ、
人の「成長期」もぐんぐん成長するものなのです。

しかし、その「成長期」に気がつかず、
子どもの「成長」が自分の指導方法だと思い込む指導者がとてつもなく多いのです。

そんな指導者に限って、
全く人の話を受け入れず、何かを学ぼうという気にすらなっていないことが多々あります。


「成長期」ではない子どもに、
「勘違い成功例」を強いることで、
子どもに何が起きるかわかりますか。

子どもは、その指導に応えられないことに、
苦しみ、もがき、葛藤します。

「自分はダメな子」なんだと。。。
その時、子どもの中で本人も気がつかない「パニック」を起こしてしまいます。

それが、「自信喪失」です。
そして、その子どもは、答え合わせをするかのように、
ワンプレーワンプレーで親や指導者を確認します。


子どもは単純です。
サインは必ず出ています。

「過度の期待」で、子どもの成長を妨げることだけはやめてください。
子どもは、自らの手で成長することが出来る時期があります。

その時期を指導者の経験や知識でしっかりと認識し、
その子どもに必要なアプローチをしてあげてください。

「人工的な知識や方法」が先ではなく、
「自然の摂理」が先です。


自分の指導方法に酔いしれるのは自由ですが、
子どもの未来に「泥酔」は禁物です。


「21世紀型指導者」が子どもの未来をサポートしなければならない時代へと突入します。


主観的に子どもの「成長」を見ず、
客観的に子どもの「成長期」を見てあげてみては???

高校の部活動での伝え方(環境とは?

強豪部活に受け継がれる遺伝子〜名門・市立船橋高校サッカー部
https://youtu.be/up5QXOPCLes

https://youtu.be/YNoSADmFbBg

https://youtu.be/PqcsjI6dJKg
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