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<<   作成日時 : 2014/10/28 23:31   >>

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海を渡ったスポーツ天才少年たち
誰もが錦織圭になれるわけじゃない その光と影

スポーツで海外留学—周囲の期待と憧れを一身に背負って挑戦しても、
それが輝かしい成果に結びつくとは限らない。

若くして可能性の限界にぶち当たってしまう経験は、人生に何をもたらすのか。

15歳では遅すぎる

今年9月8日にニューヨークで行われた全米オープンテニスの男子シングルス決勝。

錦織圭(24歳)は、残念ながらクロアチアのマリン・チリッチに敗れたが、
日本人として初めて4大大会の決勝に進んだことは歴史に残る快挙だった。

試合後の記者会見で錦織は、その日不在だった「ある人物」に「優勝するところを見てもらいたいから、
今日は負けました」とジョークを飛ばした。


この「ある人物」とは、盛田正明氏(87歳)。
ソニーの創業者の一人、盛田昭夫氏の実弟だ。

日本テニス協会の名誉会長も務め、世界レベルの日本人選手を生み出すために米国への留学を支援するファンド「盛田正明テニス・ファンド」を私財を投じて立ち上げた。


その盛田氏が語る。


「私はテニス愛好家として、

『自分はテニスが好きだけど、日本のテニスは決して世界では強くない。
ここはひとつ自分の手で子供たちをサポートして、世界のトップになれるように育ててみよう』と考えて、
ファンドを立ち上げました。

ソニーの共同創業者である井深大さんは『とにかく人のやらないことをやれ』というのが口癖でしたが、
彼の教えを思い出して、新しいことをやろうという気持ちもありましたね」


盛田ファンドは才能のある10代前半の選手を発掘し、
これまで19名を米国フロリダ州のIMGニック・ボロテリー・テニス・アカデミーに送り出してきた。

同アカデミーはアンドレ・アガシやマリア・シャラポワを輩出してきた超名門だ。

盛田ファンドは、錦織の他にも日本女子のナンバーワンである奈良くるみ(22歳)、
9月に仁川アジア大会で優勝した西岡良仁(19歳)など優秀な選手を次々と生み出している。


ただし、「IMGに送れば、誰でも一流選手にしてくれるというわけではないと、盛田氏は語る。


コーチが本気になってくれるレベルの選手にならないと、意味がありません。

IMGには350人ほどの選手がいますが、そのなかでもトップクラスの一握りに入らなければ、
最高レベルのトレーニングは受けられない
のです。


ですから毎年、留学生の選考には向こうのヘッドコーチに来てもらって『将来、トップグループに入れるような子を選んでくれ』と伝えています。

また、15歳くらいになると、すでにフォームが固まっていて修正が利かないため、
12~13歳の子供を送るようにしています」


まだランドセルが似合うような子供たちにとって親元を離れて暮らすだけでも一大決心だ。
しかも、生活するのは異国の地。

それでも選考会には、留学を目指す天才少年たちが続々と集まる。

応募資格は全国レベルの大会でベスト4以上という厳しい条件が課されているが、
場合によっては選抜該当者なしという年もあるという。

そうして選ばれた精鋭たちはどんな環境で育成されるのだろうか?


「朝起きたらまずフィジカルのトレーニング。その後、テニスをしてから学校に行きます。
学校は現地校で、当然ながら授業はすべて英語です。

それに加えて、日本人としても一人前になってもらわなければいけませんから、
日本の通信制の学校の勉強もさせています。

学校から帰ったらまたトレーニングとテニスの練習です。
遊ぶ暇はほとんどないでしょうね」(盛田氏)


滞在費や学費、レッスン代、遠征費などはすべて財団が面倒を見てくれる。
子供一人にかかる費用は、遠征の回数にもよるが、年に数百万円だという。


子供たちは、テニスのための最高の環境を与えられるが、要求されるレベルも半端ではない。

毎年、新学期が始まる9月に、翌年5月までにクリアすべき厳しい課題が与えられ、
それをクリアできないと日本に帰されてしまうのだ。


「例えばITF(国際テニス連盟)のジュニアランキングで300位の選手には、翌年までに150位以内に入れ、
という具合です。

目標達成のためには、相当な努力をしなければなりません。
錦織が行った年には、同時に3人を送ったのですが、最後まで残ったのは錦織だけでした」(盛田氏)


夢破れ、挫折を味わう

日本では幼いうちから頭角を現すような逸材でも、世界レベルでやっていくのは至難の業だ。
普通の日本の中学に残っていれば、全国大会で上位に勝ち残り、ヒーローになれたかもしれない子供たちでも、

いったん世界に出てしまえば、「もう夢をあきらめたほうがいい」と失格の烙印を押されてしまうのだから、
残酷な世界である。スポーツライターの武田薫氏は語る。


「本当にプロになりたければ海外に行くことが望ましいが、それは賭けでもあります。
言葉や食事の問題もあるし、そもそも自分がプロになりたいのか、なんのためにプレーしているのか、
根源的な目的を問われることになる。



だから、途中で帰ってきてしまう子が多いのは仕方ないことです。
また、奨学金がないと親の経済的負担はかなり大きい。

資金が尽きるとともに、留学を続けてプロになる夢をあきらめるというケースもままあります」


どの選手も海外を目指すときは「大志」を抱いているだろう。
中学生という若さで、周囲の期待を一身に受けながら全力でチャレンジする。

しかし、その努力が「故郷に錦を飾る」というかたちで実る例はあまりにも少ない。

錦織のようなほんの一部の輝かしい成功例の陰には、多くの少年たちの破れた夢と、
つらい挫折の物語があるのだ。

費用は年に1000万円

「IMGは素晴らしい環境ですが、冷たい面もある。
才能がないと思われたら見向きもされなくなりますからね。
日本では少しダメになっても、周囲が盛り立ててくれますが、そういう温かみはまったくない。

しかし、どちらが本当に選手のためになるかはわかりません。

ダメならダメと早くわからせてあげて、
『テニスで食えないなら、他の道に進もう』と進路変更させることも本人のためです」(盛田氏)

確かにそういう面もあるだろう。
ただ、好きで始めたスポーツでたまたま人より才能があったがゆえに、
15歳やそこらで「能力の限界」を突きつけられる。

夢破れて帰国する少年少女たちが、再びラケットを握るケースは少ない。

テニスと同じくゴルフも海外留学がさかんなスポーツの一つだ。

都内のジュニア・ゴルフスクールに通っていた神崎健次君(仮名/16歳)は、
昨年9月から米フロリダのゴルフスクールに通っている。神崎君の母親が語る。


「9歳頃から父親の影響でゴルフを始め、中学の2年生で高校進学を考え始めるころに、
本人がゴルフ留学をしたいと言い出しました。

現在は向こうの私立高校に通っていますが、この学校はゴルフスクールと提携しているので、
トレーニングも単位として認められます。

生徒数は50名くらいですが、南米や中国、スペインなど世界各国から留学生がきているようです。

最高のレッスンを受けているので、フォームも安定するようになりました。

もちろん英語も堪能になりましたし、落ち着いて論理的に会話ができるようになった。
1年前からは別人じゃないかというくらい成長を実感できますね」


一方で、サウスカロライナにあるゴルフアカデミーIJGAで、
日本人留学生をサポートしているスメルツ文美子氏は、ゴルフ留学の難しさをこう語る。

「米国でゴルフを続けていくためには、奨学金を獲得して大学に入る必要があるのですが、
文武両道が徹底されているので、単にゴルフがうまいだけでは奨学金はもらえません。

思春期は、日本語でもなかなか自分の言いたいことが伝えられない難しい時期。

そんなときに英語で周囲とコミュニケーションを取りながら、
スポーツも勉強も頑張らなければならないので子供の負担は相当大きい。


また、費用面でも、学校(寮費・学費・トレーニング代)に年間800万円ほどかかる他、
遠征費などもかかってくるので、親の渡航費なども合わせると年1000万円近くかかります。

それだけ費用をかけても、ゴルファーとしてプロになれるのはごく一部なのです」


いくら親が裕福だとしても、これだけ巨額の援助を受けて留学した少年たちが、
異国の地で壁にぶち当たったときのプレッシャーは想像に余るものがある。


「なかには、本当にゴルフを極めたいのか自分でもわからないままに、
親の期待から留学を選ぶ子たちもいます。

それで結局、向こうの生活に馴染めなくて戻ってくるケースも多いのです。

なにも、世界トップレベルを目指さなくても、
国内で楽しくゴルフを続けていたほうが本人のためだったのではないか、と感じてしまいますね」
(東京のゴルフスクール経営者)


他に留学が人気のスポーツといえば、サッカーだろう。

現在、世界トップクラスのクラブチーム、FCバルセロナの下部組織に、
久保建英君(13歳)が在籍しており、将来のスター候補として注目を集めている。


だが、世界トップレベルのクラブチームでの競争は熾烈を極めている。
15歳でスペインのアトレティコ・マドリードのユースチームに加入し、
その後、Jリーガーとしても活躍した玉乃淳氏(30歳)は語る。


「渡欧前は東京のヴェルディの下部チームでプレーしていて、自信もあったのですが、
スペインでの競争の激しさは半端じゃありませんでした。

毎週のように新しい選手が入団テストを受けに来る。
彼らがチームに入るということは、代わりに誰かが抜けていくということ。

荷物をまとめる選手を横目で見ながら『明日は我が身か』と震える、弱肉強食の世界です。

スタメンから外れた選手が、腹いせに物を盗んだり、
いじめをしたりということも日常茶飯です」

技術力では自信があった玉乃氏も、フィジカルの面での違いに悩まされることになる。

「10代後半になると、体の育ち方がぜんぜん変わってくる。
向こうの選手は筋トレをすればするだけ、どんどんたくましくなっていき、日々筋肉量の差を見せつけられました。

結局、中学までの実績なんて、プロで活躍できるかどうかにほとんど関係なかったんです」


「元」天才少年として生きる

サッカー留学の助言を行っている、アメージング・スポーツ・ラブの代表・浜田満氏も同意見だ。

「サッカーは団体競技ということもあって、プロになれるかどうか若い段階ではわかりにくいスポーツなんです。
ただ、私はスポーツ留学自体には意味があると考えます。

外国で、自分のことは全部自分でやらないといけない環境に置かれれば、
メンタルの面でも明らかに成長が見られます。

居心地のよい日本でのんびりしているよりも、前進できると思うんです」


前出の玉乃氏も、思春期にマドリードで揉まれたことが自分の人格形成に大いに影響したという。

「向こうのサポーターは応援の本気度が違います。

アウェーの試合では、本当に敵地に乗り込むような感じで、得点を決めて試合を終えたら、
敵のサポーターに唾をかけられ『中国人』とののしられて、もうメチャクチャですよ。

それでも、よいプレーができたときは最高の快感がある。
そういう興奮を味わいつつ、メンタル面でも鍛えられたという意味で、素晴らしい経験だったと思います」

玉乃氏は18歳でJリーグに戻ってきた。

スペインでは外国人がプレーできないリーグに属すことになったという理由もあるが、
1部リーグに昇格する自信がないという諦念もあった。

そして、25歳というわりと若い段階でJリーグも引退した。

その後はカナダに留学したり、サッカーの解説をしたり、
不動産関係の会社に勤めたりとさまざまなことに挑戦している。

「若いころに留学を経験したことで、環境を変えることを恐れなくなりました。

でも逆に言うと、腰を据えて一つのことに取り組むことが苦手になってしまった。
サッカーで試合に出る以上の興奮をなかなか味わえないので、なにをやっても物足りないんです……」

人生のすべてを賭けて海を渡るスポーツ天才少年たち。

錦織のような一部の例外を除けば、大半は20歳になる前に帰国を余儀なくされ、
「元」天才少年としてその後の人生を歩むことになる。

その苦悩が、なんらかの形で彼らの人生の糧になっていると願いたい。


「週刊現代」2014年10月25日

以上 シェアさせていただきました。

育成環境も様々ですね。なべ

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