Enjoyサッカー

アクセスカウンタ

zoom RSS サッカー監督のつぶやき

<<   作成日時 : 2013/07/14 13:39   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像


サッカー監督のつぶやき

井田勝通 2004年「フラタニティ」
―――61歳・監督生活35年・2003年高円宮杯準優勝の翌年に―――

勝負の世界では、常に勝者と敗者が生まれる。

どうしたら勝てるのか。どうしたら常勝チームがつくれるか。

私自身も三十五年以上、静学サッカーの監督を務めてきて、頭を悩ませつづけてきた命題でもある。

だが、相手がいる以上常に勝ち続けることは出来ないのだ。

 どんなに強いチームでも、どんなに凄い選手でも必ず敗れる時が来る。

歴史はそれを証明している。

永遠に勝ち続けることが出来ないならば、

それよりも選手の人間性を鍛え、磨きあげ、一人一人にサッカーを通して良い教育を施し、

精神的にも肉体的にも一人前に成った時、社会でも立派に通用する人間を育ててゆく、

そういう指導をしてゆくことが大切なのである。



 二十一世紀に入り、日本は、政治も経済も社会現象どれをとっても機能不全になっている様に思える。

テレビでは、毎日、食い物、殺人、暴力、そして政界批判の三つが主流であって、

我々、日本人の関心のありようが「こんなものか?」と思ってしまう。


町を歩いている日本人は、何か自信がなさそうで、自己中心的であり、

いつも何かにイライラしている様に見える。

結局、強いリーダーがいないから、皆で、さあ手をつないであの坂の上に向って行こうではないか!!

というような日本人の規範というか、規律というか…

人々に進むべき針路をハッキリと示してくれる人がいない。

そんな事で皆がイラ立っている様に見える。


最近では、小学生や中学生の常軌を逸する殺人や麻薬、

まるでゲーム感覚である卑劣な行動には背筋に寒さを感じるし、

日本の未来に不安を感じる。

全く情けない事であるが、いつかどこかで狂ってしまっている。

これはハッキリ云って我々大人の責任である。


 若い未来のある青少年達が退廃するのは、精神の問題である。

私は“スポーツが人生の全てである”とは思っていないが、スポーツを信頼する者の一人だ。

今日の様な物にあふれ、洪水のように豊かな文明にあふれている日本の社会は、

何をしても良い、何をしてもおこられないという無責任社会をつくり出し、

自由と平和ボケの生活にとっぷりと首まで浸りきってしまっているそういう人々で一杯になっている。



かつて世界の人々が賞賛した素晴しい日本人達がいた。

我々のおじいさんやおばあさん、ひいじいさんやひいばあさんの時代。


日本人誰もが持っていた誇りと矜持、礼儀、作法、節制、沈黙、倹約、勤勉、正義などの徳目を、

今日の我々日本人はすっかりと捨て去っている。


この徳目が人々の間に芽生えない限り、若い人々に、日本人としてのスピリットや魂を吹き込む、

インスピレーションが出で来ないのである。



 サッカーは退廃した若い青少年達、我々日本人、人類全体をも救う為の有効な手段の一つであると思う。

サッカーの神髄、核心の部分に有るのは、エゴを捨て、無心透明な気持ちで、

サッカーの練習に打ち込む事であり、たゆみのない“規則正しい練習の習慣”が人間の体と精神を鍛えてくれ、

そして豊かな暖かい心を持った人間として成長してゆくことにあるのだ。



サッカー上達には、技術、戦術、体力、精神力と云った色々な要素があるが、

その中でもっとも大切なものとして美的要素というものがある。

即ち人間が生まれながらにして持っている。

本来の美しさ、素晴しさとして、人間社会のルール、規律を良く知り、

それを守りフェアプレーの精神に徹することも含まれている、

正しく、潔く、礼節をもって正々堂々と勝負を争うこと、

逆に云えば不正を憎み、無礼なこと卑怯なことを憎む精神である。


 長い間鎖国を押し通してきた日本が明治維新。

日本の改革を成した人々は、武道という一種のスポーツを通して、

人間を磨きあげてきた人々、勝海舟、山岡鉄舟、西郷隆盛と云った武人達であった。

明治維新に於ける日本のリーダー達は、人々に大きなインスピレーションを与えた。

私はこれを息吹と呼ぶ。

これこそリーダー達に最も必要な資質である。


サッカーの強いチームや良い選手を育てる優秀な監督は、

よく練習や試合の時に“フォアザチーム”と云って、

選手個々人がチームの為に“我”を捨てるように要求する。



監督として選手個人個人がゲームの時“我”を捧(ささ)げることを自然と自覚するようになったらしめたものだ。

イレブンが“我”を抑えることが出来ればチームは十一人を超えたもっと大きな強い集団となる。

“ワンフォアオール”になるとチーム内の選手同志の関係はより強い絆で結ばれ、

連帯や相互信頼感が生まれてくる。


こうなってくるとどんな強敵に出会ってもビクとも動かなくなる。

そして理想的には、そのより強固となったチームの中で、

更に個人個人が高いレベルのテクニックと精神力の競争が始まれば指導者としては申し分ない。


チームスピリットというものは、個人個人を抑圧するものでなく、

むしろ連帯感や相互信頼関係を高めることになり、

「あいつがあんなに頑張っているんだから俺ももっとやるぞ!」と云うようになり、

更にはそういう事によって自分自身の人間性をも高めるようになる。



 神様は人間を社会的な動物として創られた。

人間は自分一人では決して生きてゆけない。

人間の存在意義は、最終的には、他の人の為に尽くすことである。

事に及んで自分の命をも捧げるという覚悟が解っていないと本当の意味のサッカーは出来ない。

サッカーはチームゲームであり、センターフォワードだけでは出来ない。

そしてチームというものは、決して机上の計算通り、理論通り、練習通りにはゆかないのだ。



監督とは、大事な試合になればなる程、技術や戦術を超えた心理的要素や、

突然のケガ、レフェリーの判定、天候急変といったもの、

そしてまか不思議な、幸運という女神の微笑が勝敗に大きな影響をもたらす、

そう云った実力以外の全ての面まで想定しどんな局面でも動じないで采配をふるわなければならないのである。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
サッカー監督のつぶやき Enjoyサッカー/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる