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zoom RSS 映画『奇跡』を観て 〜歩くような速さで〜A 是枝裕和監督

<<   作成日時 : 2011/07/08 20:41   >>

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歩くような速さで

 作品は自己表現ではなくコミュニケーションだと昨日書きましたが、もう少しその話題。

テレビの仕事を始めた時に一番言われたのは「わかりやすく」ということでした。

「誰にでもわかるように」と。

「視聴者は馬○なので」と平気で言う放送局員もいました。

もちろん人に伝える職業ですから、どうしたらその話を真剣に聞いてくれるか?

語る言葉は選びますし、話す順序も考えます。


しかし、誰にでもわかる作品などあり得ない。


それは、言葉や映像、もっと言うとコミュニケーションを過信しているのだと思います。

難しくてわかりくいことを5分で説明してくれるのがテレビだと思われている方も多いと思いますが、

実は簡単だと思われている事象の背後に隠れている複雑さを描いてこそテレビだという価値観も一方で存在するわけです。


だって世界は複雑なんですから。


その複雑さを無かったことにして「わかりやすさ」だけを求め客に媚びた結果、

(すべてと言いませんが)映画もテレビも幼稚化したのだと思います。

そして現実から逃避した。


「早くこの味がわかるようになれよ」と大人が子どもを高みへと導くような態度は、作り手としては傲慢であるといつからか言われるようになりました。


しかし、ではどちらの態度がよりコミュニケーションというものと真面目に向きあおうとしているのでしょうか?


 「誰かひとりの人間を思い浮かべながら作れ」。

これもデビュー当時、先輩に言われたひとこ言です。

視聴者などというあいまいな対象へ向かって作ったって結局誰にも届かない。


母親でも恋人でもいいから「ひとりのひとに語りかけるように作れ」と。

つまり、作品を表現ではなく対話として捉えろ、とその人は言いたかったのでしょう。

確かにそのことを意識すると、作品は自らのドアや窓を開き、風通しが良いものに変質します。

僕が、自己表現という言葉に感じる「自己完結感」をこの風が払拭してくれてるのです。


 映画『奇跡』は、今3歳の娘が10歳になった時に見せたいと思って作りました。


世界は豊かで、日常はそのままで美しく、生命それ自体「奇跡」なのだと、そう語りかけるように作ったつもりです。

以上 是枝 裕和監督


みなさんはこの文書からどう思われますか? 私は、深く共感しているのですが?

特に、私なりに、創造するという観点から… 

なべ

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